――今夜は、透明で、ぬるいな。




 春だった。

 二人で夜の公園を散歩していた時、あの人が言った。

 講義が終わったら夜桜を見よう、とわたしが言い出したのだ。

 その間ずっと、さも普段より高いヒールのせいで足元がふらついているかのようなふりをして、あの人の左腕に寄りかかっていた。

 透明で、ぬるい夜って何のことだろうと、あの人の視線の先を追いかける。

 そこにあったのはわたしたちが目指していた大きな桜の木だった。

 満開を少し過ぎている。遅めの桜見物になってしまったらしい。

 薄紅色のはずの花弁たちは、ライトアップの光に煽られてその色をほとんど失くし、透明になっていた。

 信じられないことに、桜の木の下に立つと花弁越しに遥か頭上にある三日月が透けて見えた。

 その黄金の光は、冬の鋭さをとっくの昔に捨てていたようで、わたしたちをほんのりと照らし出していた。