入館の手続きを終えてから、大きなガラス窓が続く廊下を歩いて、学生会館まで向かった。
社会人になってから、一度も大学には来ていなかったため、すべての景色が懐かしくて胸が軋んだ。
今日の上映会兼同窓会には、同期は私たちの他に八名やってくるらしい。久々に会う人がほとんどで、なんだ少し緊張してきた。
どきまぎしているうちに、『本日上映会』と書かれた手作りの看板が見えてきた。
麻里茂が先頭を切って教室のドアを開けた。
「お邪魔しますー、お疲れ様ですー」
「あ、麻里茂さんだ! お疲れ様です」
配線を準備していた後輩の卓(スグル)が、すぐに振り返って挨拶を返してくれた。
彼は留年をしていたため、私たちの代のこともぎりぎり覚えてくれているが、教室にはもちろん知らない学生ばかりだった。
でも、白い長机も、使い古したプロジェクターも、乱雑に置かれた三脚もケーブルもドリも、景色は当時と変わっていなかった。その景色を見た瞬間、ハルと過ごした日々を爆発的に思い出してしまい、私は心臓付近をぎゅっと押さえた。
そんな私の様子を見て、東堂が背中を一瞬だけ摩ってくれた。
ハルは、いつもあの窓際の長机に腰かけて、カメラをいじっていた。
残像でもいいから現れてほしい。そんなバカなことを願って窓を見つめたけれど、影の一つも現れない。
「あ、東堂さんに、ムトーさんに、ヨージさん、冬香さんまで……! 伝説の撮影班復活ですね」
私たち全員を見た卓は、嬉しそうに私たちを席へと案内してくれた。
伝説の撮影班、なんてかなり大げさな言われ方だけれど、確かに私たちはそんな風に言われたことがあった。
それは、引退間近に撮った『君が永遠になる』という作品がきっかけだった。
「皆、前に話した麻里茂さん達が講評来てくれたぞ」
卓の一言で、特に大きな反応を見せてくれた女の子が、こちらへ近づいてきた。
興奮しきった様子でその子は私たちの顔を見て、ぺこっと頭を下げた。
「あの、過去作品の勉強会で、先輩たちの作品観ました。“君が永遠になる”が特に良かったです……」
まだ新入生だというその子は、過去の作品を掘り出して、わざわざ私たちの作品を鑑賞してくれたようだ。
話を聞くと、『君が永遠になる』は新歓の説明会でも流されているらしく、それで私たちの撮影班を知ってくれている人が多いらしい。
そうか、あの作品がこんな風に多くの人に観てもらっているなんて。
そのことを素直に嬉しく思っていると、その女の子が私の方を見て問いかけてきた。
「映像ももちろん好きなんですけど、登場人物の台詞が特に好きで。あの、脚本はどなたが……」
彼女の質問に、誰もが言葉を詰まらせた。
あの作品は、唯一ハルが書いた脚本だったからだ。
彼にとって、最初で最後の、作品だった。
「今日はいない奴が書いたんだ。伝えておくよ」
そう即答したのは、私の後ろにいた東堂だった。
彼の言葉を聞いて、目の前の女の子は残念そうに眉を下げた。
その場にいた私たちは、自然と止めてしまっていた呼吸を再開した。
「そうでしたか、ぜひ直接感想をお伝えしたかったです」
「そうか、代わりに伝えておく」
この場に東堂がいなかったら、空気が凍りついてしまっていた。
私は東堂の言葉に頷いて、ありがとうとお礼を伝えることしかできなかった。
女の子が去ってから、東堂の顔を見上げると、背中をバシッと乱暴に叩かれる。
「顔出すぎ」
「ごめん、ありがとう」
すぐに謝りお礼を伝えると、東堂は何のお礼だよ、と言って席に座った。
「良かったね、ハルの作品が、色んな人に伝わって」
ヨージの言葉に、私はこくんと頷き目を細めた。麻里茂とムトーも、同じように喜ぶ。、
良かった。ハルが紡いだ言葉が、こうして多くの人に広まって。
それを知れただけでも、きっと今日は来た意味があった。
そんな風に、自分の心を落ち着けてみたが、どんな言葉も、もうハルがいないことに繋がってしまう。
東堂は強いな。皆は強いな。
もう全てを受け入れられているの。もう前に進んでいるの。
そう、今すぐにでも問いかけてしまいたくなる。
社会人になってから、一度も大学には来ていなかったため、すべての景色が懐かしくて胸が軋んだ。
今日の上映会兼同窓会には、同期は私たちの他に八名やってくるらしい。久々に会う人がほとんどで、なんだ少し緊張してきた。
どきまぎしているうちに、『本日上映会』と書かれた手作りの看板が見えてきた。
麻里茂が先頭を切って教室のドアを開けた。
「お邪魔しますー、お疲れ様ですー」
「あ、麻里茂さんだ! お疲れ様です」
配線を準備していた後輩の卓(スグル)が、すぐに振り返って挨拶を返してくれた。
彼は留年をしていたため、私たちの代のこともぎりぎり覚えてくれているが、教室にはもちろん知らない学生ばかりだった。
でも、白い長机も、使い古したプロジェクターも、乱雑に置かれた三脚もケーブルもドリも、景色は当時と変わっていなかった。その景色を見た瞬間、ハルと過ごした日々を爆発的に思い出してしまい、私は心臓付近をぎゅっと押さえた。
そんな私の様子を見て、東堂が背中を一瞬だけ摩ってくれた。
ハルは、いつもあの窓際の長机に腰かけて、カメラをいじっていた。
残像でもいいから現れてほしい。そんなバカなことを願って窓を見つめたけれど、影の一つも現れない。
「あ、東堂さんに、ムトーさんに、ヨージさん、冬香さんまで……! 伝説の撮影班復活ですね」
私たち全員を見た卓は、嬉しそうに私たちを席へと案内してくれた。
伝説の撮影班、なんてかなり大げさな言われ方だけれど、確かに私たちはそんな風に言われたことがあった。
それは、引退間近に撮った『君が永遠になる』という作品がきっかけだった。
「皆、前に話した麻里茂さん達が講評来てくれたぞ」
卓の一言で、特に大きな反応を見せてくれた女の子が、こちらへ近づいてきた。
興奮しきった様子でその子は私たちの顔を見て、ぺこっと頭を下げた。
「あの、過去作品の勉強会で、先輩たちの作品観ました。“君が永遠になる”が特に良かったです……」
まだ新入生だというその子は、過去の作品を掘り出して、わざわざ私たちの作品を鑑賞してくれたようだ。
話を聞くと、『君が永遠になる』は新歓の説明会でも流されているらしく、それで私たちの撮影班を知ってくれている人が多いらしい。
そうか、あの作品がこんな風に多くの人に観てもらっているなんて。
そのことを素直に嬉しく思っていると、その女の子が私の方を見て問いかけてきた。
「映像ももちろん好きなんですけど、登場人物の台詞が特に好きで。あの、脚本はどなたが……」
彼女の質問に、誰もが言葉を詰まらせた。
あの作品は、唯一ハルが書いた脚本だったからだ。
彼にとって、最初で最後の、作品だった。
「今日はいない奴が書いたんだ。伝えておくよ」
そう即答したのは、私の後ろにいた東堂だった。
彼の言葉を聞いて、目の前の女の子は残念そうに眉を下げた。
その場にいた私たちは、自然と止めてしまっていた呼吸を再開した。
「そうでしたか、ぜひ直接感想をお伝えしたかったです」
「そうか、代わりに伝えておく」
この場に東堂がいなかったら、空気が凍りついてしまっていた。
私は東堂の言葉に頷いて、ありがとうとお礼を伝えることしかできなかった。
女の子が去ってから、東堂の顔を見上げると、背中をバシッと乱暴に叩かれる。
「顔出すぎ」
「ごめん、ありがとう」
すぐに謝りお礼を伝えると、東堂は何のお礼だよ、と言って席に座った。
「良かったね、ハルの作品が、色んな人に伝わって」
ヨージの言葉に、私はこくんと頷き目を細めた。麻里茂とムトーも、同じように喜ぶ。、
良かった。ハルが紡いだ言葉が、こうして多くの人に広まって。
それを知れただけでも、きっと今日は来た意味があった。
そんな風に、自分の心を落ち着けてみたが、どんな言葉も、もうハルがいないことに繋がってしまう。
東堂は強いな。皆は強いな。
もう全てを受け入れられているの。もう前に進んでいるの。
そう、今すぐにでも問いかけてしまいたくなる。