「いろいろとは何だ? トラブルか? 嫌な思いをしたんじゃないだろうな?!」
「違うって! そういうんじゃないから!」

 がしっと両肩を掴まれ、十五センチほど高い位置から鋭い眼差しで見下ろされる。詠斗はすかさず両手を使ってその腕を振り払った。どこからか視線を感じて周りに首を向けると、通りがかりの創花生たちから冷ややかな視線を浴びせられていた。はぁ、と大きく息をつき、詠斗はやや乱暴に頭を掻いた。

「……兄貴が余計なこと言うから」

 ぽつりと呟くと、傑の眉がわずかに動いた。

「紗友と巧が先輩の件に首を突っ込んできて……それで、ちょっともめただけだよ」

 へたに誤魔化さず、本当にあったことを正直に告げる。隠したって、どうせ紗友から伝わることだ。

 ややあってから、傑はどこか悟ったように笑った。

「やはりお前は僕の弟だな、詠斗」
「……は?」

 意味がわからないとばかりに、詠斗は眉間にしわを寄せる。すると、ぽん、と傑の大きな手が詠斗の頭に触れた。

「いつかお前にもわかるときが必ず来る――僕が穂乃果と一緒になれたのと同じように」

 たくさんのぬくもりを秘めた優しい手。

 その手を通じて兄が何を伝えたいのか、今の詠斗には少しも理解できなかった。

 ぽんぽん、と詠斗の頭を軽くなで、傑はゆっくりと腕を下ろした。

「なぁ、兄貴……」
「――覚えておけ、詠斗」

 やはり満足げに笑ったまま、傑は詠斗をまっすぐに見た。

「世の中、見返りを求める人間ばかりとは限らない」

 あまりにも真剣なその眼差しに、詠斗は呆然としたままその場に立ち尽くすことしかできなかった。

 兄の言葉に、どう返すのが正解だったのか。

 どれだけ考えてみても、適切な答えは出てこなかった。