では、あの二人が詠斗を頼ることがあるか。

 振り返れば、そんなことは今まで一度たりともなかったように思う。こと紗友に関しては、頼んでもいないうちから詠斗のためにせっせと身を削るような人間だ。それこそ、兄の傑と同じように。

 兄はまだいい。血の繋がった兄弟だから。歳が離れている上に社会人だ、いくらか責任があると言ってもあながち間違っちゃいない。

 けれど、紗友は違う。
 こんな言い方をしたくない相手ではあるが、紗友とは血の繋がらない他人同士だ。

 紗友には紗友の人生がある。もっと広い世界を見て、自由に羽ばたいていってほしい。

 大切に思うからこそ、自分という足枷を付けて縛りたくない。

 たとえそばにいなくても、紗友を想う気持ちが変わることはないのだから。

 隣の列、右斜め前方。
 前から二列目の席に座って真面目に授業を受けている紗友の背中をそっと見やる。肩にかかる栗色の髪が、開け放たれた窓から流れ込む春風に揺れていた。


 今回限りにするよ、お前の手を借りるのは――。


 詠斗は小さく息をつき、気持ちを切り替えて授業に集中した。