こんな瞬間を楽しみたい――ただそれだけの理由で、ここへ来たいと思ったのかもしれない。

 もちろん、本当は違う。違うとわかっているのだけれど、そう思うことくらい許されてもいいじゃないか。そう誰にともなく反抗してみる。

 ひとつ息をついてから、詠斗はここへ来た真の目的を果たすべくいつものように斜め上を仰いだ。

「先輩に一つ聞きたいことがあって」

『はい、何でしょう?』

「猪狩華絵は駅前のラーメン屋でアルバイトをしていたらしいんです。それで、もしも先輩が猪狩華絵だったとしたら、バイトの行き帰りにはどの道を通りますか?」

『うーん……そうですねぇ、この辺りに住む人なら迷わず今いるこの路地を使うでしょう。華ちゃんも例外ではないと思いますし、そこの十字路を左に折れて少し行ったところが華ちゃんの自宅ですから』