「……やましいことがあるから、姿を見せられないってことですか?」
『そう思われても仕方がない行動だと思いませんか?……まぁ、単純に体調不良で寝込んでいらっしゃる可能性もありますけれど』
確かに、美由紀の言うことにも一理ある。秘密を抱えて雲隠れしているのだとすれば、事態を重く受け止めなければならない。
詠斗は携帯を取り出し、傑にメッセージを送った。もしかしたら警察で取り調べを受けているのかもしれないと思ったからだ。
すぐに返って来たメッセージには【こちらに引っ張ってはいない。自宅へ連絡を入れてみる、少し時間をくれ】とあった。
五分ほどが経って、もう一度傑から連絡が入る。【神宮司隆裕は体調不良で自宅にいるようだ】との返事だった。
「家にいるみたいですね」
そう美由紀に伝えると、『そうですか』と細い声が返って来た。詠斗もまた一つ息をつく
『……写真』
「え?」
『写真で確認してみるというのはどうでしょう?』
なるほど、その手があったか。――しかし。
「神宮司と一緒に写ってる写真なんて、そう都合よく持ってませんよ」
『クラス写真はどうですか?』
「あぁ、そうか。俺の手元になくても、先生なら持ってるかも」
行きましょう、と声をかけ、詠斗は職員室へと向かった。美由紀がついてきてくれているのかどうか判断のしようもなかったが、きっと一緒に来てくれているはずだと信じていた。
*
一年の時の担任だった化学教諭が運良く昨年度の体育祭の時の集合写真を持っていて、一時的に借りることができた。人目につかないようもう一度屋上入り口の前に戻り、美由紀に話しかけてみる。
「こいつが神宮司隆裕……の、はずです」
指でその人物を示す。窓は閉まっているはずのなのに、詠斗の髪が揺れて右耳の補聴器が顔を覗かせた。
『どうしてそう自信なさげなんですか』
「人の顔と名前を覚えるのが苦手で」
『一年間同じクラスで過ごしてきた方なんでしょう?』
「他のヤツらとは極力関わらないようにしてましたから」
『それにしたってひどすぎます』
うぅ、と詠斗は顔を歪めた。他のヤツらにどう思われていても構わないが、美由紀に言われると胸が痛むのは何故だろう。
「……で、どうなんです? 先輩を襲ったの、こいつでした?」
無理やり話を事件のことに持っていくと、『うーん』と美由紀のうなり声が降ってきた。
『やっぱり写真じゃわかりづらいですね。直接ご本人に会ってみないと』
「じゃあ、また明日改めてってことにしましょうか。この大雨の中、わざわざ神宮司を訪ねるのはさすがに嫌だし」
『私は構いませんよ? 濡れませんから』
「あ、やっぱり幽霊だと雨に打たれても濡れないんですね。……というか、そもそも先輩ってここか自宅か事件現場にしか現れることができないんでしたっけ」
『あなたについていくことができれば、どこへでも行ける気がします』
「できるようになったんですか?」
『試してみます? それじゃ、手始めにあなたのおうちのお部屋まで』
「ちょっ、やめてくださいよ! 俺の部屋に入っていいのは……っ」
言いかけて、詠斗は咄嗟に口を噤《つぐ》んだ。ふふっ、と美由紀の笑い声が聴こえてくる。
『紗友ちゃんだけ、ですか?』
図星丸出しの顔で俯くと、もう一度美由紀の笑い声が降ってきた。
『妬けちゃいますね』
そう言った美由紀の真意を、詠斗はどう受け止めてよいのかわからなかった。
昨日の雨とは打って変わって、今日はからりとよく晴れた春らしい日だった。
しかし、詠斗達の通う創花高校の雰囲気は、春の陽気とは似ても似つかぬ仄暗い影に包まれていた。
誰もが恐れていたことが、昨晩ついに起こってしまった。
また一人、創花高校の生徒の命が何者かによって奪われたのだ。
「猪狩華絵《いかり はなえ》。詠斗は知らないかもなー、同級生なんだけど」
登校早々、またしても紗友が詠斗に情報をもたらしてくれた。今回は紙と鉛筆を持参して説明モード全開の様相だ。
「ごめん、知らない」
「だろうね。仲田先輩ほど目立つ存在ではないけど、二年の中では割と名の通った子だと思う。いじめっ子集団のボス格って感じで」
「いじめっ子集団?」
また一段と不穏な空気が漂いまくりな冠をかぶった集団に、詠斗は眉間のしわを深くした。
「集団っていうか、ほら、よくいるじゃん? 自分が少しでも気に入らないと思ったらその子を徹底的に排除しようとする人。華絵はまさにそのタイプだったの」
そんな人間がよくいたらたまらないと思ったが、女子の間ではそれが普通なのか。人付き合いを避けて生きてきた詠斗にとっては、男も女も関係ないわけではあるが。
「でね、華絵と家が近所だっていう子に聞いたんだけど、昨日の夜中、華絵の家の前に警察がわんさか来て大騒ぎになってたんだって。ちょうど雨も上がってたらしくて、何事かと思って外に出たら華絵が道路に血を流して倒れてたみたいだって野次馬のオバチャン達が騒いでて……」
「血を? また刺されてたのか?」
「ううん、頭から血が出てたって言ってる人がいたって」
「なら、美由紀先輩と同じで撲殺か」
かもね、と紗友は険しい表情をして頷いた。
「ちなみにだけど、華絵と美由紀先輩、同中《おなちゅう》なんだって」
詠斗は少し目を大きくした。殺害方法だけでなく、出身中学校にも繋がりが見えてきた。
「美由紀先輩が亡くなった現場と華絵の自宅、そう遠くない距離なんだって。華絵は自宅から少し離れた路上で襲われたみたい」
「自宅近くで?」
住宅街の路上で殴り殺された状態で放置されていたということか。こちらは美由紀の時と状況が異なる。
美由紀の時は事故に見せかけようと細工した形跡が見られたが、今回は殴ってそのまま遺体をその場に残している。この違いはどう解釈すべきか。
「その猪狩華絵が見つかったのって、具体的には何時頃の話なんだ?」
「詳しくは知らないけど、華絵は駅前のラーメン屋さんでバイトしてて、その帰りに被害に遭ったんじゃないかって話だよ。だから、襲われたのはせいぜい夜の十時くらいってところじゃないかなぁ?」
また午後十時前後。美由紀の時と同じだ。そして猪狩華絵には、仲田翼と同じく誰かから恨みを買うような行動を日常的に取っていた――。
前の二つの事件と似た部分がところどころに見られ、頭が混乱してきた。一度状況を整理して、最初から一つ一つの事件を見直してみる必要がありそうだ。それに、昨日殺されたという猪狩華絵についてはまだまだ情報が足りない。
そんなことを考えているうちに担任教諭が姿を見せ、紗友は自分の席へと戻っていった。出席を取ったあと、放課後の部活動の中止と次の月曜日を休校にする可能性があると担任から伝えられた。
* * *
あまり事件のことばかりを考えていると授業に遅れを取ってしまうので、ほどほどに考えを巡らせながらも午前中の授業をきっちりこなし、詠斗は弁当箱を片手にまっすぐ屋上へと向かった。
昨日の雨で濡れたであろうベンチはすっかり乾いていて、いつものように腰を落ち着けることができた。
弁当箱がからになるまで、美由紀の声は聴こえてこなかった。辺りを見回すも、当然その姿は見えない。
「……先輩?」
立ち上がって呼び掛けてみるも、やはり声は返ってこない。
「先輩」
嘘だろ、まさか――。