詠斗と穂乃果が出逢って、もう十一年になる。

 当時、穂乃果と傑は十七才、詠斗はまだ五歳になったばかりだった。その頃から詠斗は「ほのちゃん、ほのちゃん」とまるで姉のように穂乃果を慕っていた。
 傑が穂乃果と結婚することになった時、誰よりも喜んだのは詠斗だったりする。自分でも意外だと詠斗は思っていたのだが、嬉しいものは嬉しいのだからこればかりは仕方がない。

 穂乃果は包丁を握る手を止め、小首を傾げながら詠斗を見やる。

「どうして穂乃ちゃんは、兄貴と結婚したの?」

 予想外の一言だったのだろう、穂乃果は目を大きくした。

「何よ? 急に」
「いや、穂乃ちゃんは見返りを求めない人だって兄貴が言ってたから」
「あぁ……」

 あの時のことか、と穂乃果の口が動いた気がした。眉をひそめると、穂乃果は少し照れくさそうにしながら話してくれた。

「私が一目惚れしたのよ、傑に」

 へぇ、と詠斗は少し驚いたように声を上げた。高校の頃からの付き合いなのは知っていたけれど、詳しい馴れそめ話は聞かされたことがなかった。

「で、ある日思いきって告白したわけ。そしたらあの人、『僕には耳の不自由な弟がいる。いずれあいつは音を失うことになるだろう』って、突然あんたの話をし始めてね――」