「ただいまー」
 
お母さんとふたり暮らしのアパートに着き、誰もいないのに、玄関にさびしく帰宅を告げる。
お母さんは夜七時くらいまで仕事で帰ってこない。
 
お兄ちゃんが家を出てからやっともらえた自分の部屋に入った私は、カバンを机の上に置き、ベッドに倒れこんだ。

「ふう」
 
ごろんと寝返りを打ち、天井を見上げる。
そしてそっと目を閉じて、あの空を瞼の裏に再現してみた。
 
私は、たまにあのマンションの屋上のベンチを利用する。
といっても、今日は三ヶ月ぶりくらいに行ったんだけれど。

あそこで寝そべりながら空を見ていると、自分の悩みなんてとても小さくてなんてことないように思えるのだ。
だから、穴場なこともあってお気に入りの秘密の場所だったのに……。
 
先ほどもらって食べたチョコレートの後味が、ほんの少しだけ口の中によみがえる。

おそらくあの男の人は最近あそこにひとりで入り浸っていて、私をあとから来た新参者扱いしたんだろう。

「変な人だったな」
 
さっき心の中で思ったことを、今度は口に出して呟いた。