ウソツキチョコレート

「ごめん。そんな顔させたくて言ったんじゃないけど、たとえば、ネコに本当に好きな人ができるとするでしょ? そいつもネコのことが好きになって、両想いになったとする。でも、それでも諦めるってこと?」
「そういうことに、なりますね」
 
そう自分で答えながら、気持ちはどんどん沈んでいく。

そっか、私、諦めないといけないんだ。
これからずっと……。
 
ウソツキさんは小さく鼻で息を吐いて、ベンチの上に胡坐をかいた。

「なーんか、ヤな感じ」
「なんなんですか? 私は本気で悩んで」
「俺は当事者じゃないから、たしかにわかんねーよ? でも、治す努力もしないで、ただ過去のトラウマに囚われてるだけって、なんかもったいなくない?」
「だって、治るわけな……」
「治るよ」
 
スパッと、こともなげにウソツキさんは答えた。
私はその根拠のない自信に、目を見開く。
「ウソツキさんは医者か心理カウンセラーなんですか?」
「プラス魔法使い」
 
胡坐をかいたままベンチの背に体をもたせかけ、空を見ながら無駄にさわやかに笑うウソツキさん。

やっぱりこの人、ウソつきだ。
私のことをからかっている。

「はい、薬」
 
ウソツキさんはいつものチョコをケースから出して、私の前に差しだした。

「こんな子どもだまし……」
「いいから食べてみなって」
「ていうか、なんでいつもくれるんですか? チョコレート」
「ネコは研究材料だからね」
「は?」
「俺の魔法がちゃんと効くかどうか、試してんの」
なんだか気が抜けて、しらけてしまった。

ウソツキさんをわざと睨むと、
「ネコの体質と悩みが改善される成分入り。治るよ、絶対」
と、少年のようにニッと笑う。

その、やたらと自信ありげな笑みに、ありえないと思いつつも、本当かな? なんて錯覚してしまいそうになる。
 
やっぱり変な人、と心の中で呟きながら、ひと粒取って食べてみた。

食べながら、こんな話を打ち明けたのは初めてだ、と思う。
そして、話しながら涙が出なかったことにも、今気付いて少し驚いた。
 
話したことで、とくになにかが変わったわけではないけれど、ウソツキさんの言葉を聞いて、ちょっとだけ自分も前向きになろうかな、と思ったのは事実。

「ここに来れば、いつでも処方するよ、薬。リハビリにも付き合うし」
「リハビリって……うわっ!」
 
ウソツキさんは自分がかぶっていた帽子を、すかさず私の頭にかぶせた。
急に手が伸びてきたので、私は恐怖で一瞬目をぎゅっとつぶり、肩をすぼませる。

「直接触れなければ蕁麻疹出ないんでしょ? この前、腕握った時も大丈夫だったし」
「そ、そうですけど……」
 
そのまま帽子の上から頭をワシャワシャ撫でて、
「免疫、免疫」
と言いながら自分のほうへ引き寄せ、わざと覗きこんで笑うウソツキさん。

至近距離、整った顔の奥二重の意味深な目が、私を上目遣いいでとらえる。
一気に顔に熱が集中してしまった私は、口をパクパクさせた。

「セクハラですっ」
 
平手打ちもできないし、手にも触れられないので、帽子を無理やり頭から剥がして、すごい勢いで離れる。
「ハハッ、威嚇して毛が逆立ったネコみたい」
 
ウソツキさんは、頭がボサボサになった私を指さし、ケタケタと笑った。

私より何歳上なのか知らないけれど、こんなに大人げない人いるんだ。
怒りもたしかにあるけれど、彼の予期せぬ行動と子どもっぽさに呆気にとられてしまう。

「帰ります。今日の話は内緒に……」
「ふ。誰に話せっての? 他人なのに」
「…………」

“他人”……。
 
その言葉を聞いて、少し親しみを感じはじめていた心の前に、一気に壁を作られたような気がした。
 
もう、いい。
もう帰ろう。

「じゃ、さようなら」
 
私はそう言ってその場をあとにした。

うしろで「また来てねー」と声が聞こえた。




 
 


「入学してから、ずっと好きでした。俺と付き合ってくださいっ」
「ごめんなさい」
 
昼休みの校舎裏。
さげたままの頭と握手を求める手が、恨めしそうにゆっくり戻される。

教室で、「ちょっといい?」と声をかけられた時からなんとなく予感はしていたけれど、やはり告白だった。
 
今回は、いつも以上に気まずい。
だって、同じクラスの人気者の大橋くんだからだ。
すぐ噂になって広まりそうだし、断った相手と同じクラスっていうのはキツイ。

「種田さん、好きな人いるの?」
「い、いないけど」
「お試しでもダメ?」
 
まるで仔犬みたいな目で私を見る大橋くんが、サクッと一歩、芝生を踏んで歩み寄る。

警戒してしまった私は、
「ごめんなさい」
と一歩さがりながら再度答えて、そのまま頭をさげて教室まで小走りで戻った。 
教室に戻ると、案の定アサちゃんが私の席にやってきた。

大橋くんが戻ってきていないのを確認して、
「ね、ね。美亜っち、さっきの大橋くんの呼び出し、告白?」
と、含み笑いしながら聞いてくる。

「……うん」
「キャー! やっぱそうだったんだ」
 
アサちゃんの興奮した声に、いつのまにかナナちゃんとノンちゃんも席を囲んでいた。

「そうなんだ。大橋くん、美亜のこと好きだったんだね」
 
いつも落ち着いているナナちゃんも、心なしかちょっとテンションが高い。

「アイツ、いーヤツよ、マジで」
 
ノンちゃんも私の目をじっと見ながら、彼を売り込んできた。
今までの反応とは明らかに違うみんな。

「……もう、断っちゃった」
 
だから、なぜか申しわけない気持ちになり、小さな声で答える。
「マジか。それなら、仕方ないな」
 
やれやれ、といった顔でそう言うノンちゃん。

「でも、大橋くんって中学の時から人望もあって、おもしろくて、顔も悪くないから、結構モテてたんだよー」
 
アサちゃんがしゃがんで私の机に手を置きながら、「もったいない、もったいない」とまた言っている。

「たしかにモテてた。でも、今まで誰かと付き合ったって噂はないよね。彼女とかできたら、かなり一途そう」
 
洞察力のあるナナちゃんからの評価も上々な大橋くん。

わかっている。
たしかに彼はさわやかで明るくて誰からも好かれていて、みんなの人気者だ。

私だって、いい人だなって印象を持っている。
むしろ、素敵だとさえ思っていて、自然と目で追ってしまうことだってある。

もう一歩踏みこんじゃえば、恋心になってしまってもおかしくない気持ち。
でも、それでもやっぱり無理なんだ。
「美亜さ、ちょっと男の人が苦手? 男の子と仲よくなろうとしないし、そういう話題にもあんまり入ってこないし」
 
ノンちゃんとアサちゃんがふたりでトイレに行くと、ナナちゃんが優しく聞いてきた。

「うん、そうかもしれない」
 
本当のことを言って嫌われたくない私は、話を合わせてうなずく。

「無理することはないと思うけどさ、友達くらい作ってみたら? 男子も悪い人ばかりじゃないよ?」
「……うん」
 
先日、ウソツキさんに『治すために、なにかやってないの?』と言われたことを思い出した。
 
男の子と仲よくなって恐怖心がなくなったら、蕁麻疹の症状も軽くなるのかな? 
友達くらい作ってみて、徐々に免疫つけていったほうがいいのかな?
 
最近ほんの少し芽生えてきた前向きな自分が顔を出す。

でも安易に近付きすぎて、もし触れられたら……。
そして、周りのみんなにも蕁麻疹を見られたら……。