「あ? ねぇ、顔真っ青。震えてる? もしかして」
 
カタン、と彼は立ちあがって、私との距離を詰めてきた。

「ひっ!」
 
近くで覗きこまれて、私はまた悲鳴をあげてあとずさる。
彼は一瞬怪訝怪な顔をしたけれど、私が本当におびえていることに気付くと、二、三歩さがって、またベンチに座りなおした。

「悪い。ごめん」
 
短く謝りながら、ヘアゴムを自分で外した彼。
パラパラと無造作に前髪の束が額に落ちる。

「ん」
 
そして、そのままヘアゴムを私のほうへ突きだした。
息がやっと整って落ち着いてきた私は、ゆっくり近付いてそれを受け取る。
彼は昨日のチョコレートみたいに、私の手のひらにぽとんとヘアゴムを落とした。
 
彼は座ったまま、私は立ったままで向き合い、少しの間沈黙が流れる。
時折びゅうっと吹く風だけが、私達の間を通っていった。