「あさ──」
──遅かった。
朝陽は足早に私達のそばまで歩いてきたかと思ったら、突然、陸斗くんの胸倉を掴み上げたのだ。
そのまま陸斗くんの身体を壁へと押し付けて、真っ直ぐに彼のことを睨みつける。
突然のことに驚いた私は小さな悲鳴を上げてから口元を押さえ、睨み合う二人をただ静観することしかできなかった。
「菜乃花を泣かせたのか!?」
放たれたその声に、辺りの空気がビリビリと震える。
言葉をぶつけられた陸斗くんは冷静ながらも、苛立ちを隠せない様子で自身の胸倉を掴む朝陽の手を掴んだ。
「ふざけんな。泣かせたのは、アンタだろ」
「は……?」
「コイツは最初から、アンタのことでしか泣かねぇよ!」
陸斗くんが朝陽の手を振り払う。
私は真っ直ぐな彼の目を、見つめ続けた。
「一度でも俺のために泣いてくれたなら、俺はどんな手を使ってでもコイツをアンタから引き離した。だけど──最初から最後まで、菜乃花はアンタに関することでしか、泣かなかった」
彼の返答に虚を突かれたのか、朝陽の手は素直に陸斗くんから離れ、行き場をなくしたように宙を彷徨った。
溢れる涙は少しも枯れる、気配がない。