「──っ、」
気が付くと私は、強く地を蹴って駆け出していた。
たった今来たばかりの道を戻り、通い慣れた第三棟へと必死に走る。
第一棟と第三棟を繋ぐ扉を抜けて、そのまま私が足を休めることなく向かったのは、第三音楽室だった。
長い廊下。古ぼけた校舎。
締め切られた扉を勢い良く開けると息つく間もなく中へと入り、慌てて両手で扉を閉めた。
「は……っ、ハァ……」
息が切れる。
額には玉のような汗が滲んで、心臓はバクバクと早鐘を打つように高鳴っていた。
「……菜乃花?」
「──っ!?」
一瞬、朝陽に名前を呼ばれたのかと思った。
けれど、振り向いた先にいたのは陸斗くんで、今度こそ自分の浅はかさに自嘲の笑みが溢れた。
「おい、なんだよその顔、なんかいつもと違くねぇ? 全然似合ってないんだけど──って、」
「あ……あ、はっ」
「……菜乃花? どうしたんだよ」
数歩、歩くのが精一杯だった。
私は音楽室の真ん中に置かれたグランドピアノの横でヘタリと力なく腰を下ろすと、ただ呆然と宙を見上げた。
ぽたり、ぽたりと床に落ちていくものは汗か涙か……今の私に、判断するのは難しい。