朝陽、と、その名前を声にしたいのに、言葉にならない。
思わずゴクリと息を飲んだ私は立ち竦んだまま、彼のことを見上げていた。
その間にも朝陽は、ゆっくり、ゆっくりと階段を下りてくる。
俯きがちに伏せられた目が、こちらへ向けられることを期待しながら──私は彼を、ただ直向きに見つめていた。
「……っ」
「…………」
けれど、私の期待していたことは、何一つ起らなかった。
静かに階段を下りてきた朝陽は立ち竦む私に、ただの一度も目を向けることもなく、呆気なく私の横を通り過ぎたのだ。
そのまま足を止めることなく、どこかへと消えていく。
耳に触れるのは放課後の賑やかな生徒の声。
置き去りにされた私は呆然としたまま、しばらくそこから、動くことができなかった。
……今、一体、何が起きたんだろう。
朝陽が私の横を通り過ぎた瞬間、ふわりと鼻を掠めた大好きな香り。
私の髪を撫でたのは彼が起こした小さな風で、それ以外の何かが私に触れることは一切なかった。
大好きな朝陽の声も、温もりも。
いつだって私を真っ直ぐに見つめてくれた、あの目でさえ──。
彼の中に、"私"という人間はもう存在しないのだという現実を突き付けられて、心が一瞬で絶望に塗り潰された。