「朝陽、私……っ」


嫌な予感がして声を張り上げると、朝陽の拳が壁を強く、強く殴った。


「──っ、なんで……っ!」


ビリビリと空気が震え、喉がヒュッと嫌な音を立てて痺れた。

身体の奥から振り絞ったような声を吐き出した朝陽は、きつく拳を握っている。

ゆっくりと顔を上げた朝陽の目は、今まで一度も見たことがないほどの哀しみに濡れていて──。

こんな朝陽、私は知らない。

こんなに哀しくて、切ない目をした朝陽を……私は今まで、見たことがなかった。


「……ごめん、菜乃花」

「……っ!」

「もう、菜乃花に俺は、必要ないな」


静寂に包まれた空間で響いた声は、真っ直ぐに私の心を貫いた。

──菜乃花に俺は、必要ない。

自嘲するように笑った朝陽は、それだけを言い残し、私に背を向けて歩き出す。

──待って、朝陽!

心の中で、声を上げた。

追い掛けなきゃ。そう思うのに、足は根を張ったように硬直していて、動かない。

唇は小さく震え、喉がカラカラに渇いて、目の前の景色があっという間に滲んでいった。