「──菜乃花?」
「あさ、ひ……」
弾かれたように振り向くと、視線の先には朝陽が立っていた。
艶やかな黒髪が揺れ、ビー玉のような瞳が私を映す。
交わる視線。大袈裟なほど高鳴る鼓動と──陸斗くんの手と重なったままの私の手。
思わず声を出すことも忘れて、私と朝陽はそのまま二人で見つめ合った。
「朝陽……あの、グループワークは……?」
ようやく絞り出した声は酷く震えていて、頼りなく音楽室に木霊した。
同時に私の手から陸斗くんの手が離れ、解放された手のひらの上を夏の風が静かになぞる。
「……リュージから、菜乃花が第三音楽室に入っていくのが見えたって聞いて」
「……え」
「だから、もしかしたら菜乃花がここで、俺のことを待ってるんじゃないかと思って、それで──」
そこまで言うと朝陽は、静かに私の隣へと視線を滑らせた。
朝陽の視線の先には陸斗くんがいる。
二人は無言のまま見つめ合い、その場に足の根を張って動かなかった。
背後で揺れる、鮮やかな新緑。
私達に覆い被さる重い雲。