「……今日は、ほんとにありがとう」
ピアノ椅子へと歩を進め、その上へと腰を下ろした陸斗くん。
そんな彼を声だけで追い掛ければ、綺麗なブラウンの瞳が引き寄せられるようにこちらを向いた。
「別に。俺がムカついたから、言っただけだし」
ぶっきらぼうにそれだけ言うと、陸斗くんは目を逸らしてしまう。
……今のも、陸斗くんの優しさだ。
彼は私が気に病まないように、こうして敢えて、素っ気ないことを言う。
「うん。それでも嬉しかったから。本当に、どうもありがとう」
小さく笑うと、今度こそ短い舌打ちを返された。
窓の外を眺めている彼の耳はほんのり赤く色付いていて、陸斗くんが照れているのだと知らせてくれる。
「……届いて、よかったな」
「え?」
「アンタの声。あの先生には届かなくても、クラスのやつらの何人かには、届いただろ」
陸斗くんが、穏やかに微笑んだ。
──不意打ちだ。
あまりに優しい笑顔に思わず心臓が飛び跳ねて、鼓動が早鐘を打つように高鳴りだす。