戸田くんはリードもかなり大きく、足に自信があるというのが見るからに伝わってきた。
どういう子なのかな、なんてことをうっかり考えてしまう。プレースタイルがよく似てる。中学時代の朔也くんと、もしかしたらいいライバルだったんじゃないかな。わかんないけど。
いつか、どこかで機会があれば、戸田くんとも話してみたいと思った。中学時代の話を聞いてみたい。わたしはこの夏の朔也くんしか知らないから。朔也くんにも、戸田くんのことを聞いてみたい。
誰かのことをこんなふうに思うのははじめてで、知りたいとか思うのははじめてで、そのことを自覚したら遊撃のポジションにいる男子をなかなか見られなくなってしまった。
ゲームは打ち合いになった。5回を終えた時点で4-4の同点。全国でも名のあるチーム相手になかなか健闘していると思う。本当によくがんばってる。勝つぞって気持ちがすごく伝わってくる。
これだけの相手にビビらないって、すごいよ。圧倒的強豪の胸を借りるつもりでいる選手なんかひとりもいないのだろう。ウチのナインは最高だ。やっぱり、おにいにも、この最高のチームを見てほしかった。
6、7、8回とスコアがまったく動かず、4-4のまま迎えた最終回、なおもマウンドに立っていたのは市川だった。
先発だったので途中で大森くんに代える采配なのかと思ったが、まさか最後まで市川を使うとは監督さんも勝負に出たなという感じ。
でも、きょうの市川を見ていたら代えたくなくなるのもうなずける。
本当にいいピッチングをするんだ。肩を壊しかけていたのが嘘みたいに。春日のリードにあまり首を振らず、いい球ばかりをキャッチャーミットに投げこむ市川はまさにエースだった。
「イッチーはさ、監督さんが育てた投手なんだよね」
ふいに、和穂が遠い昔を思い起こすように言った。
「入部してきたときは体だけデカくてさ。ぜーんぜん球速もなくて。でもフィジカルに恵まれてるからいい投手になるに違いないって、1年生の最初から監督さんが大事に大事に育てあげたんだって。まさかこんなバケモノになるなんて思ってなかったって健太朗が言うから笑っちゃってさー」
きっと、ひとりひとりがそれぞれの歴史を持っている。
「イッチーはぜったい監督さんを甲子園に連れていきたいだろうな」
この夏にすべてを賭けたいと願う理由を持っている。
誰も知らない物語を胸に抱えて走っている選手もいるのだろう。相手チームには15歳やそこらで地元を離れた人だって多くいる。
高校までで野球をやめてしまう選手は少なくない。
だけど、少なくともいまは、いまこの瞬間だけは、彼らは野球をするためだけに生きているのだろうと思った。