次の打者の春日はレフトフライに倒れ、2-2の同点のまま、5回の表が終わった。ポンポンを脇に置いてスタンドに腰かけたとき、そのアナウンスは流れたのだった。
「お客様にお願いいたします。ただいま、倉田くんの手当てをおこなっております。しばらくお待ちください……」
スポーツドリンクを右手に持ったままかたまってしまった。
「うわっ、大丈夫かな。けっこうがっつり接触してたもんねー」
和穂が顔をしかめる。
間違いなく、さっきのクロスプレーが原因だと思う。あれほどの強い接触をすればやはり体の小さいほうが負ける。守備妨害でも、走塁妨害でもあったように見えたさっきのプレー、すなわち限りなくフィフティ・フィフティな場面でも、体格に恵まれていない朔也くんのほうが何倍も不利だったというわけだ。
和穂はさっきのを走塁妨害だったと主張した。キャッチャーはあきらかにホームベースを隠すようにしていたって。だから向こうがケガすればよかったんだと、スポーツマンシップのかけらもない文句をつけたした。
「でもやっぱり朔也くん、ちょっと無理してたよね」
「うん。引きずってるのかもね、4回でのエラー」
たしかに、あの失点を取り返すことはできたのかもしれない。でもケガしちゃったら元も子もないよ。
もうあんな無理はしないでほしい。誰にも、しないでほしい。
交代もありえるかと思っていたが、ショートの守備位置についたのは倉田朔也くんだった。スタンドが拍手に湧く。わたしもいっしょにそうしながら、どうにも複雑な気持ちだった。
本当に、大丈夫なんだろうか。試合に出れる状態なんだろうか。
右足首を気にしているのを隠しきれていない様子が気になった。
ひねったのかもしれない。それとももっと、悪い状態なのかもしれない。
それでも朔也くんは最後まで走った。完璧に守った。ひとつのエラーもなく。ひとつのミスもなく。たぶん、いつも以上のプレーだった。こわいくらいの気迫があった。
試合は3-2で終わった。決勝打は涼、ホームに帰ってきたのは春日だ。
和穂は泣いていた。雪美ともみじは手を取りあって喜んでいた。市川と春日が肩を抱きあっているのが印象的だった。涼が笑顔を見せていた。
けれど、そんな光景のどれよりも、少しだけ右足を引きずったように歩いている朔也くんから目が離せなかった。
きっと見た目以上に痛めている。かなり痛いんだと思う。
彼はぜったい、次の試合に出ちゃダメだ。
直感的にそう思った。どうしても思った。