試合前のノックに、倉田朔也の姿はあった。
当然といえば当然なんだけど。それでも顔を見るのはきのうの夜ぶりだから、ものすごい安堵が体の真ん中めがけてドドドと押し寄せてくるみたいだった。
ちゃんと走ってる。ちゃんと捕球してるし、投げてもいる。
「またキンチョー?」
突っ立ったままぼけっとグラウンドを眺めていると、きょうもばっちりキマっている雪美にぽこんと肩を叩かれた。
「ま、大きい球場だしね。でもやっとここでやれるって感じ」
雪美は明るい声で続けた。
1、2回戦は小さな球場だった。ウチが県下最大のこの球場で試合をするのは、3回戦のきょうがはじめてだ。
「こうして見るとやっぱりちょっと遠いね」
「それは、まあね! でもブラバンがパーンと響いて気持ちいいから、わたしはここでやるのがいちばん好き。光乃も始まればすぐわかるよ」
がんばろうねと言い残し、雪美はもみじといっしょに、水分補給を怠らないよう注意喚起するためスタンド後方へ向かった。
2回戦で吹奏楽部の1年生の子が過呼吸を起こした。こんな炎天下で重たい楽器を持ち、めいっぱい酸素を吐き出すことは、かなり過酷な労働だと思う。
ほんとに暑いもんなあ。軽装のわたしですらキツイときがあるのに。
いつの間に、本格的な夏がやってきていたんだろう。
いつの間にわたしたちは、この季節の真ん中まで歩いてきたんだろう。
真上まで昇りきった太陽を見上げ、額の汗をぬぐうと、もういちどグラウンドに視線を移した。
若い緑が光を浴びてきらきら輝いている。立派な球場の芝は別格だな。1、2回戦とははっきり言って比べものにならない。
ここでやるのがいちばん好きだと雪美は言ったけど、選手たちはどうなんだろう。
やっぱりこれくらい拓けていたほうがやりやすい? 球場そのものがきちんと整備されていてキレイだし、そういうのも、士気が上がる材料になったりするのかもしれない。
おにいは投手だったから、デカけりゃデカイほどいいと言っていたっけ。ホームランが入りにくいからって。やはり投手にとって自責点というのは死ぬほど悔しいんだな。
ウチのほうのノックが終わった。ベンチに戻ってくる選手たち全体を目で追っているつもりでも、ひときわ小さな影に、どうしてもピントが合ってしまう。