ばあちゃんは今頃慣れない病院で、心細くしているだろう。そう思うだけで胸が痛くなった。ばあちゃんに早く会って励ましてあげたい。
このまま、葵と会えないまま、ばあちゃんがいなくなってしまったらどうしよう。
それが、今の私にとって一番恐れていることだった。

久々に戻った地元は、いつもと変わらぬ様子だった。
ミノル先輩の事件はすっかり落ち着き、町の支援も強化されて、芸術家を目指す学生たちは増え続けているようだ。
駅員が二人しかいない駅に降り立つと、私はタクシーでばあちゃんのいる病院に向かった。
流れゆく田舎の景色を見つめながら、心が段々と落ち着いていくのを感じた。
神奈川や東京には、美味しいものもおしゃれなものも便利なものも沢山あった。

電車があんなに短い間隔で来るなんて知らなかった。
ホットケーキがあんなに美味しいものだなんて知らなかった。
駅ひとつ分歩けるだなんて知らなかった。
どこを歩いても日陰だらけのビル街があるだんて知らなかった。
見上げた空があんなに狭いことを知らなかった。

ばあちゃんは、神奈川にひとり暮らしをすると言ったとき、絶対に反対すると思ったけれど、頑張ってね、と応援してくれた。
あんなにお絵かき頑張ってたけん、行かんでなんて、言えんとよ。ばあちゃんはそう言って、寂しそうに笑っていた。
あれ、ばあちゃんって、こんなに小さかったっけ。なぜかその時、ばあちゃんの背中が本当に小さく見えて、そんなばあちゃんをひとりにしてまで絵を描きたい理由が自分にあるのか、私は揺らいだ。
けれど、葵の予知を思い出して、今までの勉強の時間の意味を考えて、私は神奈川に向かう決意をしたのだ。

地元から一番近く大きい総合病院に着くと、私はすぐに受付を済ませてばあちゃんの元へ向かった。
病院独特の消毒液の匂いが鼻腔を擽り、妙に緊張してきたが、私はばあちゃんの病室のドアをゆっくりと開けた。
「ばあちゃん、来たよ。萌音だよ」
カーテンの隙間から顔を出して声をかけると、ばあちゃんはぱっと顔を輝かせて手を振った。
「もうちゃん、来てくれたの。ありがとうねえ、わざわざ遠くから」
「もう大丈夫なん? どこも悪くないん?」
「明日には退院じゃけぇ、心配せんで平気よ。心配かけて悪いねぇ」
元気そうなばあちゃんの姿を見て、私は腰が抜けそうなくらい安心した。