両サイドに建っていたキツネのような石像を通ってここまで来た。全然こういうことに詳しくはないのだけれど、橘は本堂に向うと今の笑顔が嘘だったかのようにシュッと口角をおろす。その横顔は透けてしまうんじゃないかって思うほど透明なような気が、した。



「あ、そういえば御手洗(みたらし)してない」

「みたらし?」



 透明なブルーを突き破るように、橘が空気感のない声を出した。僕はそれに素っ頓狂な声を出してしまった。みたらしって、みたらし団子しか僕には浮かばないのだけれど。



「チガウチガウ、多分みたらし団子のこと思い浮かべてるでしょ。」

「まあ……」

「そうじゃなくて、水で手や口を清めるところ。あれ御手洗(みたらし)って言うんだよ」

「へえ、よく知ってるな」

「まあね」



 くるりと社殿に背を向けて、来た道を戻ろうとする橘の背中をもう一度追う。そういえば、神社に入る前は水で清めなければならないんだっけ。橘に着いていくと、案外すぐそばに御手洗というやらはあって、ちょうど木陰になる位置に石でできた水のため場があった。

濃い緑色で囲まれた場所。ドクドクと水は流れていて、川のように波打っている。そこに置いてある木の掬いモノ(あとで橘に聞いたのだけれど、これは柄杓(ひしゃく)と言うらしい)で、橘は透明なそれを掬い上げた。


右手で左手を、左手で右手を。そのあと、左手で受けた水で口元を。最後に柄杓の柄の方に残った水を流す。これが正しい清め方だと、前にテレビかなんかで見たことがあったように思う。けれどそんなこと、すっかり僕の頭から消えていたのだけれど、橘はなんの迷いもなく、その一連の動作をやってのけた。

終いには、横にいる僕の方を見て、「なんだ、まだやってなかったの?」なんていう声をかけてきて。


不覚にも、黙って水を操る橘の姿がとてもうつくしいと———そんなことを考えてしまっていた僕はなんだか恥ずかしくて、「うるせえよ」なんて、中学生みたいな言葉しか返すことが出来なかった。