「塾に入りたい」


キッチンでキャベツを太い太い千切りにしているお母さんの背中に向かって、わたしはド緊張しながら言った。トントン、トントン、気持ちよく動いていた包丁が動きを止める。身体がこわばる。

お母さんは半分だけこっちを向くと、わたしのことは見ないで、「急にどうしたの?」と言った。思いのほか優しい声色で逆にビクッとした。


「もう手遅れかもしれないけど、このままじゃダメだって……思って」

「……それで?」

「わたし、お母さんの言うようにがんばってなかったと思う。“できない自分”と向きあうのがこわくて……」


そうだ。出来の悪いわたしに失望していたのは、本当は、わたしだった。


「でも、やれるとこまでやってみたい。がんばるべきことをがんばらないのは、世界でいちばんダセェってことに気付いたから」


向き不向きじゃない。やるかやらないかだ。そんなことにいまさら気付くなんて、わたしはぬるい人生を送っているんだなって悲しくなる。


「……そうだね。わかった。奈歩がちゃんとやる気なら、いいよ」

「うん、やる気」

「うん、わかったよ」


ごめんなさいって、のどまで出かかっているのに、情けないほどに出てこない。

ヒドイこと言ったの、ちゃんと謝りたい、けど……。謝るのは、結果を出してからでいいか。そのほうがいい。こんなのはたぶん言い訳だけど、いいんだ。誠意のある謝罪ができないうちは、絶対に謝らないほうがいい。


「ありがとう」


だからかわりに言った。お母さんは少し笑うと、「あしたは雪が降るかもねえ」とのんきな口調で言った。冬なんだから雪が降るのは当たり前だよ。ぜんぜんいい例えじゃない。

長すぎた冷戦は、たぶん、終わった。拍子抜けするほどあっけない終戦だった。