“……桜の花弁、髪についてたよ”
ふわり、と。先輩の指先から離れた花弁が、風にさらわれて夜へと消えた。
その行方を追うことなく、私は先輩の揺れる瞳を真っ直ぐに見つめていた。
……先輩は、私に教えてもらったと言うけれど。
私に色々なことを気付かせてくれたのは、先輩だ。
私の方こそ、先輩にたくさんのことを教えてもらってる。
(……ねぇ、先輩)
痴漢に対して声を上げることも勇気のいることだけど、痴漢から助けることもとても勇気のいることでしょう?
生徒手帳に書かれた真実を、こんなにも簡単に呑み込んでくれる人が現れるなんて、思ってもいませんでした。
声の出ない私のために、先輩は安全な車両を教えてくれた。
それだけじゃない。その優しさだけでも私には十分なのに、またあんなことがないようにと一緒の車両に乗ってくれている、先輩。
筆談だって、筆談じゃない方が楽に決まってる。
普通に話せた方が、楽に決まってる。
それなのに先輩は、それを「ワクワクする」なんて言ってくれて、煩わしさを少しも感じさせないでいてくれた。