生徒手帳を持つ手に力が入り、息が震えそうになって唇を噛み締める。
そんな些細な仕草と今の私の表情さえも拾ってくれるらしい彼は、私の髪に一度だけポン、と手の平を乗せた。
「……俺が、そうしたいと思っただけだから、キミが気にすることじゃない。俺だって、静かな車両に乗りたいし」
「(……でもっ、)」
「だからね、もし迷惑だったら、一番後ろの車両に乗って。俺が乗りたいのは一両目だから。あ、その番号も、別に登録なんかしなくていいよ?」
「……っ、」
「ただ……これだけは勘違いしないでほしいけど、俺は“失声症”に興味があるとかじゃない。ただ……キミと、話したいと思ったから。だから、一両目をオススメしてる。本当に、そう思ってる」
その言葉が優しさの塊(かたまり)であることは、彼の真剣な眼差しで伝わった。
……何も、話してなんかいないのに。
それなのに彼は、私が声を失くしたことで経験した人付き合いの難しさや、臆病な想い。
私の事情に彼を付き合わせてしまうことへの不安まで。
全てを拾い集めて、私の中に浮かぶ“心配”と“不安”を、先回りして消してくれたのだ。