顔を上げれば、そこには変わらず、優しさに濡れた瞳で私を見つめる先輩がいて。
「大切なものは、簡単に手放さない方がいい。手遅れになった時、自分を責めることになる」
「─── 、」
「ほら。世の中は、ちゃんと向き合わないと解決しないことばかりみたいだから。栞が俺に、教えてくれたことの筈だけど?」
「(樹生……先輩……)」
「……大丈夫。絶対に伝わるから。だって……栞の声が聞こえなかったことなんて、一度もない」
「……っ、」
「それに……“声が出ないこと”は、“普通の毎日”を諦めなきゃいけない理由にはならない」
─── 先輩の言葉に、必死に堪えていた涙が、堰を切ったように溢れだした。