涙で滲む視線の先。そこには先ほど目が合った男の人がいて、思わず息を呑む。
(この、人……)
たった今“大丈夫だから”と声を掛けてくれたのは、この人だ。
そして、痴漢から助けてくれたのも。
彼は顔を上げた私に視線を落とすことなく眉間にシワを寄せて、窓の外を眺めていた。
つい先ほどまで痴漢がいた場所には彼の身体が入り、ドアに置かれている手によって私は囲まれ、今はもう痴漢の気配すら感じない。
(…… 助けて、くれたんだ)
その腕と温かさに、今更ながら頭がそう理解し、再び涙の雫が頬を伝って零れ落ちた。
(よかった、よかった、よかった……っ、)
私は何度も何度も、心の中でそう唱えながら、瞳から零れたそれを必死に制服の袖で拭った。