もっと。目の前にいる彼女に触れたい。
照れている彼女を見て、もっと、彼女の色んな表情を見てみたい、色んな表情をさせたいなんて、そんなことを思ってしまった。
ケトルがお湯を沸かし終わったことを知らせるために、小さく唸る。
それにふと我に返った俺は、ケトルを手に持ちマグカップへと熱い湯を注いだ。
「……ココア、持っていかないと」
マグカップの中で、透明のお湯が黒く染まる様を見て思う。
栞は、俺が触れていい子ではないのに。
俺みたいな奴が、真っ白な彼女を汚していいはずがない。
過去に心を痛めて声を失った彼女に、俺がまた、新しい傷を付けたらダメだ。
揺れる湯気の向こうに見えた現実に、思わず嘲笑が零れた。
手に持ったカップは温かく、その熱に栞の熱を重ねた俺は一度だけ小さく息を吐き出すと、彼女の待つ部屋へと静かに歩を進めた。