ひとたび、スイッチが入ると仲井さんは時間を忘れて鉛筆を動かす。
それこそ部活生が帰宅する時間まで、ぼくが声を掛けるまで、ただひたすらに絵を描いた。
気持ちが元に戻ったんじゃないか、と疑問すら湧くほど、仲井さんは絵を描き続けた。
素直にすごいと思う。
鉛筆を走らせ続ける集中力を切らさない姿も、自分の納得がいくまで描き続ける姿勢も、ぼくの胸がいつまでも熱くなる彼女の熱意も。
本気でイラストレーターになる夢を見ているんだ。
そのために、本気で絵を描いているんだ。
気持ちが入れ替わって数日、ぼくは初めて他人の夢の本気を目の当たりにしている。
「美術部に入れば良かったのに」
ひと息つく仲井さんに、こんな言葉を投げたことがあった。彼女は苦笑いを零し、こう返事をする。
「それも考えたんだけどね。この高校の美術部は、あまり絵を本気で取り組んでいないみたいだったから」
だったら自分で時間を作って絵に取り組んだ方が良い、と仲井さんは考えたようだ。
「だけどね。イラストのコンテストに出そうかな、と思って計画を立てるんだけど、結局何もしないまま終わることが多いの。せっかくの帰宅部なのに。コンテスト内容が自分の合うものじゃないから、とか言い訳しちゃって」
たとえば、内容が漠然とした“若者の青春”。
具体的なテーマじゃないから思いつかないと断念した。
環境をテーマにしたイラストコンテストも見つけたけれど、あまり興味がないからと流した。童話のイラストコンテストもあった。
それなら大丈夫だろうと、あれこれ考えていたけれど、気付けば締め切りが過ぎていた。
描きたいものじゃないと、自分の描くペースが失速する。
それは悪いところであり、これから直さないといけない点だ。仲井さんは自己分析を口にして、ため息をつく。