その代わりに、むくむくとイラストに対する興味が芽生えた。
一度だって思ったことのないのに、『人間のしゃがむ姿を描くにはどうしたらいいだろう』とか、『学校の風景を描いてみようかな』とか、とんでもないことを思ってしまった。
美術の授業は居眠りの時間か、友達としゃべる時間にしてしまう、このぼくがイラストに興味を持っている? そんな馬鹿な。
仲井さんと顔を合わせる。
「あのさ。イラストが描くこと好きだったりする?」
「そう言う中井くんは、映画を観ることが好きなの?」
お互いにぎこちなく頷いた後、血相を変えてしまう。
もしかして、もしかすると、ぼくと仲井さんの好きなものが、その気持ちが入れ替わった?
いやいや、そんなことがあるもんか。
非現実的過ぎるだろ。
混乱していたところに、鬼学年主任の怒声が階段下から聞こえた。まだ、ぼくのことを諦め悪く探しているようだ。
ここは一旦、解散するべきだと判断したぼく達は各々雑誌と本を通学鞄に仕舞い、「明日返すから」とぼく、「これは預かっておくね」と仲井さん。
学年主任に見つからないために、その場から逃げだした。
明日には元通りになっていることを願って。
だけどその夜から、ぼくはおかしかった。
家に帰るやパソコンを点けると、イラストの描き方について検索を掛ける。
イラストの公募を見つけると挑戦して見ようかな、と考え込み、極めつけには机に着いてルーズリーフに落書きを始める。
気分は木を描きたかったから、それをカリカリ。カリカリ。カリカリ。十二時過ぎまで一生懸命に描いていた。
もうね、泣きそうになったよ。自分の下手な絵を見て……じゃない、自分らしくない行動を起こしているぼく自身に!
あまりのことにその夜は眠れず、寝不足のまま翌日を迎えた。
早いところ、仲井さんにイラストの本を返そう。これを返さないから、ぼくの調子もおかしいんだ。
そう強く自分に言い聞かせ、学校に登校するんだけど、なかなか彼女に本を返せない。
話し掛けるチャンスはたくさんあった。
朝、教室に入って挨拶を交わした時。
物言いたげな視線を受け止めた時。
朝のSHRが終わった後の十分休み、授業の間にある中休み、移動教室、昼休み。
どこかで声を掛けて、本を返す時間は作れた筈なのに、ぼくはそれができずにいた。