ごめんね。

ありがとう。

優しい彼は、いやいいんだけどさ、と気楽な返事で私の心を軽くしてくれる。

けど実際ちょっと上の空で、なぜか考えごとでもするように宙を見つめて、あのさ、と私を見おろした。



「変なこと訊くけど、怒らないでね」

「うん?」

「初めてじゃないよね、その余裕?」



ごく言葉を絞ってあったけれど、質問の意味がすぐわかった私は、自分が青くなってるのか赤くなってるのかわからなかった。

前に誰かと、キスしてるねってことだ。

別に、余裕とか、とへどもど言い訳する私に、加治くんの冷ややかな声が降る。



「まさかと思うけど、あの先輩じゃないよね」



沈黙は当然、肯定と受けとられたらしく。

強く握られた右手の、あまりの痛みに、思わず声をあげた。



「何あいつ、マジで許せないんだけど」

「違うの、私から無理に、お願いしたの」



えっ!? と驚かれて、私はいざ言葉にすると、自分でもなかなか衝撃的な響きだなと一瞬で反省し、あせった。

加治くんは目を丸くして、矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。



「お願いした? みずほちゃんが? してくださいって?」

「お願い、何度も言わないで…!」



恥ずかしさに耐えきれず、熱い耳を両手で覆って叫ぶと、加治くんが半ば呆然と、半ば感心したような声をあげた。



「それは、あの先輩も、驚いただろうね…」

「どうだろう、あきれてたかも…」

「いや、あせったとは思うけど、好意を持たれてるってことだし、悪い気はしないと思うよ、普通」

「そう思う…?」



おそるおそる訊いてみると、思うよ、とうなずいてくれる。

B先輩は、ひたすら優しいから。

その優しさの奥で、何を考えているかって、そういえば読めたことがない。


そうだ、私ったら、いつも自分の欲求ばかりで。

ちゃんと考えてみたことがなかった。


私は、先輩にとって、どんな存在なんだろう。