吐くかと思った。

感情が勢いよく押し寄せすぎて。


加治くんが、私の手を強く引いて、無理やり歩かせる。

いじましく先輩の感触を思い出す唇を噛みながら、涙をこらえた。

別に先輩は悪くない。

しいて言えば、私がバカなだけ。



「もうやめなよ、あんな人」

「やめるって…?」



苛立たしげな声を出す加治くんは、握られている手が痛いなんて言いだせる雰囲気じゃなかった。

尋ね返すと、急に足をとめて振り返る。

いきなりだったので、その胸にぶつかりそうになった。



「みずほちゃんは、あの先輩に夢を見てるだけだよ」



静かな口調に、責められているような気がする。

手を振りほどこうとしたけれど、強く握られたそれは、びくともしなかった。



「あの先輩の勝手気ままな雰囲気が、みずほちゃんには、自由の象徴みたいに思えて、憧れてるだけだよ」

「B先輩は、勝手な人じゃないと思う…」

「あの人の何を知ってるの?」



頬が熱くなった。

悔しいのと、きっと恥ずかしいのとで。

冷静な加治くん。

私、何も言い返せないよ。



「夢を見てちゃ、ダメなの?」

「逆だよ。俺としては、夢であってくれたほうがいいよ。みずほちゃんがほんとにそう思ってるんなら、だけど」



みっともなくて、顔を上げられない。

加治くんの言うとおり、B先輩の、あの不思議なふわっとした空気が新鮮でまぶしいだけかなって思ってた時もあった。

でもバカな私は、どんどんひとりで突き進んで、気がついたらもう戻れないところまで来てた。

ただの憧れなら、幻滅すれば終わるのに。

こんな、胸が張り裂けそうに痛むことなんて、なくて済んだのに。


考えないようにしてたの。

だってあまりに、みじめすぎて。