「ふざけんなよ」



兄が両親に向かってそんな言葉を使うのを、初めて聞いた。

8月、帰省した兄と私は当然のことながら、離婚の話をちゃんと聞かせてほしいと開口一番訴えた。

けれど両親は、肝心の理由は教えてくれなかった。

もう決めたことなのよ、と母は穏やかに言い、父は黙ってリビングのソファに深く身をうずめていた。


兄が声を荒げたのは、両親が、離婚の意思はあるけれど、私が成人するまでは届けを出さないと言った時だった。



「離婚するってことだけ勝手に決めといて。そこでみずほを理由に先延ばしにするなんて、こいつの気持ちも考えてやれよ」

「でも未成年のうちは、親権を誰に持たせるか、決めなきゃいけないのよ。そんなのを選ばせるほうがかわいそうじゃない」



だから、と苛立たしげに兄が両親を見る。



「だったらみずほがはたちになるまで、離婚自体を言いださなきゃよかったろ」

「お母さんたちが、これからも自分の気持ちに嘘をついていたほうがよかったっていうの?」



話にならない、と兄が首を振って、あきらめたように立ちあがり、足音も荒く二階へ去った。

私はそんな珍しい姿に戸惑い、両親への複雑な思いも忘れて追いかける。



「お兄ちゃん…」



そっと部屋をノックしてのぞくと、兄はベッドに仰向けになって、険しい顔で天井をにらんでいた。

私が部屋に入ると、ちらっと目を合わせて、ごめんな、とすまなそうに言った。



「俺もなんか、そこそこ混乱してるわ」

「私、親権者を選ばなきゃいけないのって、ほんと?」



ベッドの傍らの床に座ると、兄が身体を起こす。



「お前が選ぶかどうかは別として、親権者を決める必要があるのは本当だよ。まあ父さんだろうな、学費とかもあるし」

「お兄ちゃんはどうなるの?」

「普通に考えたら、戸籍上は母さんがうちから抜けて、俺は父さんの子のまま…なのかなあ? 俺も詳しくないから、わからないな」