「B先ぱ…」
「一回だけだよ」
きつく腰を抱き寄せて、わざと私を苦しめてるくせに、その微笑みは優しくて、でもまだ少し困ってる。
何か言う前に、唇はふさがれた。
あんなに脅しておきながら、そのキスは、私でもそうとわかるくらいの、入門編だった。
足元が危なっかしくなるほどに私の背中を反らせて、長い長い、合わせるだけの、我慢比べみたいなふざけたキス。
あまりに息が苦しくなってきたので、必死に先輩の肩を叩くと、あっさり唇は解放された。
弾む吐息が絡まる距離で、真っ黒な瞳がにこっと笑う。
呼吸が整う前に、また柔らかく奪われる。
今度は数瞬、だけどちゃんと、重ねあうように。
「…一回だけじゃなかったんですか」
「こういうのって、カウントが難しいんだよね」
「先輩こそ、酔ってます?」
気づけば腰に回された腕は、ゆるく私を抱きとめていた。
私も抱きついてみたかったけれど、恥ずかしいのとよくわからないのとでできず、先輩のシャツの胸元をつかむ。
いたずらっぽい瞳が私を見おろして、優しく微笑むと。
「どっちがいい?」
訊いておきながら、考える暇も与えずに、今度はなんだか甘くて熱い、とろけそうなキスをくれた。
――どっちがいい?
先輩が今、酔ってるのと、そうじゃないのと。
…どっちでもいい。
そう感じた。
先輩のうしろに、真っ青な月が見える。
いつの間にか私は、先輩の腕の中でまた手を組んでいて、それに気づいた彼に笑われた。
だって、感謝したくなるでしょう。
こんなプレゼントをくれた、この青い夜に。
パーカーのポケットに入れていた携帯が震えた。
母からのメールを、おそるおそる開くと、慣れないケーキの絵文字と一緒に、短い本文があった。
【お誕生日おめでとう 父・母】
また泣きだした私を。
先輩が笑って、抱きしめてくれた。