「だから、誰のせいとかじゃなくて。ご両親が自分で、何か新しいことを感じたり考えたりしたっていう、それだけなんだよ」
「…でもやっぱり、親なのにって思っちゃうんです」
「子供からしたら、当然だよね」
「私と家族じゃなくなるんです。それでもいいって思ったのって、思っちゃうんです」
顔を上げると、優しい瞳が、こちらを見ていた。
ほおづえをついて、うん、とうなずいてくれる。
全部聞くよって、言ってくれているのがわかる。
「…たとえば私は、もう誕生日なんです。それを待ってくれていても、よかったのに」
「うん」
「冬は暖炉の前で、両親がギターを弾くんです。私は父の横で、それを聴いてるのが大好きだった。でももうそんなのも、できないんです」
「うん」
「もう最後だよって言ってくれれば、もっと大事にしたのに。いきなりとりあげるなんて、ひどい」
「うん」
「こんなふうに、自分のことしか考えられない私が、本当に嫌…」
声が震えて、言葉が続かなくなった私に、先輩が微笑んだ。
「何が一番?」
質問の意味をとらえかねて見つめ返すと、組んでいた脚をほどいて、先輩が私に向き直る。
「今、一番強いのって、どんな気持ち?」
煙草を灰皿に落とす、じゅっという音がした。
黒い瞳が、私の視線を受けとめてくれる。
不思議な人。
そう訊かれて、頭の中から余計なものが、全部消えてった。
最初からわかってた。
私はやっぱり子供で、このくらいしか考えられない。
だけどきっと、この想いが。
一番純粋で。
一番強い。
「――さみしいです…」
さみしい。
もしかしたら父が父で、母が母でなくなってしまうことが。
父と母が、パートナーでなくなってしまうことが。
ふたりが、それでもいいと思ってしまったことが。