部屋で熱いシャワーを浴びると、自分がいかに冷えきっていたかわかった。

足の包帯を濡らさないように注意しながら、全身があったまるまでゆっくりとお湯を浴びる。


いろんな人に迷惑をかけた。

真衣子の言うとおり、私はいつもどおりじゃないんだと思いたい。

ドライヤーを使う体力すら残っていないことに気がついて、髪をタオルでまとめたままベッドに倒れこんだ。


母たちのことを考えようと思ったけど、くたびれすぎていて、頭が少しも働かず。

清潔な枕に吸いこまれるように、私の意識は消えた。



小さな私は、茶色いアップライトのピアノを前に、有頂天になっていた。

象牙の鍵盤を叩くと、年月を感じさせる深い音が、波紋みたいに空気を震わせる。

少し大きくなった私は、淡いブルーのパーティドレスを着て浮かれていた。

レースの袖が最高に素敵で、急に大人になったような気分で、お呼ばれやコンサートで着ていく自分を想像した。


そんな私を見て微笑む、お父さんとお母さんがいる。

お兄ちゃんもいる。


私は、幸せな四人家族の末っ子で。

これからもそうなんだと、信じてた。





「始まったけど、行ける?」

「ううん…いいや、もう少し休んでる」



真衣子が細く開けたドアの向こうから、ホールのにぎやかな喧騒が聞こえてくる。

今日は最後の夜だから、ついに大騒ぎしての宴会なのだ。


私は寝不足と昼間の疲れがたたったのと、あんまり飲んで騒ぐ気分でもなかったのとで、申し訳ないけど辞退した。

真衣子は、あとでお菓子持ってきてあげるね、と軽く手を振って、そっとドアを閉めてくれた。


夢から落ちるように目が覚めたおかげで、まだ心臓がドキドキ言っている。

変な汗が出てきて、私はまた枕に顔をうずめた。

忘れてた。

明日だ。


じわりと浮かびかけた涙を枕にこすりつけて、気づかなかったことにした。

電気を消したのに、部屋の中が明るい。

寝転がったままフランス窓からのぞくと、月が煌々と夜の茂みを照らしていた。

見事な月夜。