「先輩も、泳ぎが得意なんでしょう? だからライフセーバーに?」
「育った環境がこんなだから、ある程度泳げるけど。でもセーバーの資格は、最低限泳げればとれちゃうよ」
「そうなんですか」
もしかして私でもできるかな。
でも実際問題、海というもの自体に慣れていない私には、きっと無理だ。
「合宿所、誰かいる?」
「いえ、この時間はたぶん、まだ誰も…」
「着いたらすぐに、もう一度水分と、栄養をとってね。自分で思ってるより、消耗してるはずだよ」
「はい」
「痛みが引かなかったり熱を持ったりしたら、病院に行くこと」
「はい」
素直にうなずくと、先輩はようやく、少しだけ微笑んでくれた。
坂をのぼりきったところで、ここでいいですと伝えた。
もし合宿所に誰かいたら、鉢合わせしてしまう。
目的地は目の前なので、大丈夫と判断したんだろう、先輩はうなずいて、来た道を戻ろうとした。
あの、とその背中に呼びかける。
「…ご迷惑をおかけしました」
さっき、無視されてしまった言葉をもう一度投げると。
ゆっくりと振り返った先輩は、少し首をかしげて、かすかに顔をしかめた。
「迷惑はしてないよ、でももう無茶はしないで」
「すみません…」
「謝らなくていいから、約束して」
両手をポケットに入れた先輩の目は、笑ってない。
急な坂に立っているせいで、先輩は私を見あげる形になり、前髪が少し瞳にかかる。
「でないと、また俺の見てないとこで危ないことしてるのかもって、いつも心配してなきゃなんなくなる」
とっさに言葉が出なかった。
どもりながら、無茶はもうしません、となんとか約束すると、先輩は何も言わず、微笑みもせず、かすかにうなずく。
もう一度背中を向けた先輩に、すがるように呼びかけた。
「あの、ご心配をおかけしました」
先輩は、顔だけちらっとこちらに向けて。
「ほんとだよ」
ぼそりと言い放ち、怒ったような視線を一瞬、私に投げると、坂をくだって行ってしまった。
足首に、先輩の手の温度が残ってる。
優しい、B先輩。