私はバスタオルを返して、シャツにありがたく手を通した。

頭をくぐらせた時、あれっと気づく。



「これ、先輩のですよね?」

「そうだよ、なんで?」

「いつもと匂いが違うので…」



くんくんと袖に鼻をくっつけていたら、数人いたライフセーバーたちがどっと笑った。

見ればB先輩が、なんとも言えない表情で、珍しく絶句している。

えっ、何?



「なんだよB、後輩とか言っといて、実は彼女か」

「どうりでピリピリしてると思ったら、照れてたのかー」

「いいなー、そんな可愛い子、あやかりてー」



明るい揶揄に、違いますと言ったところで無駄なのをわかってるんだろう、B先輩はふてくされた顔で私をじろっと見ると。

送ってくよ、とため息をついた。


桟橋は小高い丘から直接突き出ていて、海から岸へは上がれなかった。

幸か不幸か、携帯はロッジで充電中で、水没しなかった代わりに助けも呼べない。

橋げたにとっかかりもなく、のぼることが不可能なのは一目瞭然だったので、私は砂浜まで泳ぐことにした。


背後にそびえる岩場をぐるっと周れば、遊泳区域に出られるのはわかってる。

1キロ近くあるだろうから、体力を奪われないためにパーカーを脱いだのはこの時だ。

潮に流されないよう、なるべく岸壁に沿って泳いでいるうちに、海中の岩に足を激しく擦り。

遊泳区域の直前で、例の岩部さんというライフセーバーがレスキューボードに引きあげてくれた時、だらだら流れる血にびっくりした。



「ほんとたくましいね」

「水泳は、ずっと習っていたので…」

「服を脱いだのは、正解だよ。よく知ってたね」



ほめられてるはずなのに、怒られてる気にしかなれない。

先輩の声が低いのと、自分の不注意でしかなかったという自覚があるせいだろう。


私用と考えたからか、先輩はさっきまで着ていたユニフォームを脱いで、昨日と同じ、水着とパーカー姿だ。

両手をポケットに突っこんで、むっつりと地面を見ながら歩き、私のほうを見てくれもしない。


怒ってるんだろうか、あきれてるんだろうか。

たぶん両方だ。


こんなふうに、気分を露骨に出している先輩は初めてで、私は戸惑いながらも、嬉しかった。

怒りながらも、あきれながらも、全然こちらを拒絶しない、先輩のおおらかな優しさを、やっぱり感じたから。