ふと先輩が、脇の生垣の陰に何かを見つけたらしく、方向を変えてすっと姿を消した。

甘党と聞いた善さんへのお礼にと、いつでも先輩に渡せるようにバッグに羊羹を入れていた私は、それを追って。

どうしてバスに乗らなかったろう、と後悔した。


生垣の中は、ゆったりした円形の芝生のスペースになっていて、ベンチがひとつ置いてある。

そこで見たのは、ひざに雑誌を広げて座っている女の人とキスをする、B先輩だった。


ベンチの背に片手をかけて、いかにも駆け寄ってそのままという感じに、もう片方の手をパーカーのポケットに入れている。

明るい巻き髪を背中まで垂らした女の人は、先輩の首に両手を回して、きゅっとしがみつきながら唇を合わせていた。


いたずらするみたいに先輩のTシャツの中にもぐりんだ女の人の手を、制止するように先輩がつかむ。

ふたりとも噴き出して、先輩は親しげに何か話しかけると、女の人の隣に座った。



バカだ。

私、バカだ。


もしかしたら、ちょっと特別扱いしてもらえてるかもって、思いはじめていたことに気がついた。

私、ほんと、バカだ。


誰にだって優しいでしょ、B先輩は。

そもそも、つきあってる人が、いるじゃない。


右も左もわからない、もの知らずの新入生をほうっておけなかっただけで、別にそれが、私だからじゃないんだよ。

先輩は、優しい人で。

すごく優しい人で。

ただ、それだけだったのに。


バッグの中の携帯が震えて、その音をふたりに聞かれないように、私は急いで通りに戻った。



「…はい」

『例の張り替えさ、今度の土曜でどう? ちょっと遊んで、飲んで帰ろうよ』



加治くんの声は、私の耳をすり抜けていったけれど。

別によく考えなかったわけじゃなく、私はちゃんと冷静に返事をしていた、たぶん。



「うん、大丈夫」

『やった。待ち合わせ、あとでメールしとくよ』

「ありがと」



楽しみ、なんて言える自分にびっくりしながら。

重い足を引きずって、再びバス停を目指した。