『ご迷惑をおかけしました。ありがとうございました。』



少し迷って、佐瀬みずほ、とフルネームで署名する。

先輩が、たぶん学校かバイトかで出ていったということは、電車ももう動いているに違いない。

今度会えたら、何かお礼をしようと考えながら、崩れた布団を整えて、そっと部屋を出た。



――横顔を眺めていたら、目が合った。

何ぼーっとしてるの、と言われて、ドッジボールの最中だったことを思い出す。

しまったと周囲を見ると、陣地を囲む外野のひとりが、まさに私目がけて投げようとしているところで。

もうダメだ、と思わず目をつぶりかけた時。

ぱっと先輩が私を抱き寄せた。


いや、そう感じたのは私だけで、たぶん先輩は、かばってくれただけなんだと思う。

私を懐に入れながら、楽々と片手でボールを受けとめると、ぽいと私をほうり出して、鮮やかにステップを踏んで敵陣へと攻めこむ。

私は、真っ赤であろう顔を、動き回っているせいだとみんなに思ってもらえたらいいなあと願った。


あとひとり、とコールがかかる。

それまで狙われなかったせいで、相手コートにぽつんと残った女の子に向かって、一瞬本気で投げるそぶりを見せた先輩は。

きゃっと悲鳴をあげて身をすくめた彼女に、ふっと腕を緩めると。

ラストね、と優しく、ぽんとボールをぶつけた。





「くっそ、Bが計算外だったー」

「えらい跳ぶのな、あいつ、何者だよ」

「次参加させる時は、利き手禁止だな」



練習もほっぽり出して遊んでいたのに、すっかり汗だくになったみんなが口々に言う。

当のB先輩は、ゲームが終了するなり、バッグとパーカーを拾って、じゃーねと去ってしまった。

この間の帰り際、まだお店が開いていなかったせいでお礼をしそびれた善さんに、よろしくお伝えくださいと言おうとしたのに。

そんな暇もなく先輩は消えた。


今日のB先輩は、なんだか妙に楽しそうだった。

青空の下で、珍しくシャツ一枚になって。

軽快に動くたび、無造作なスタイルの髪を風が揺らして、普段は隠れている額を見せてくれる。

そんな先輩は、ちょっと可愛くて。

見るからに気持ちよさそうに駆けまわっている姿は、新鮮だった。