立てたひざに顎を乗せて、地面を叩く雨を見ていると、先輩がくすりと笑った。

どうせ面白がってるんだろうなと思って目を上げたのに、その顔は、どきっとするくらい優しく微笑んで。



「子供じゃないから、軽々しく使っちゃダメなんだよ」



言い含めるような、穏やかな声が耳を打った。


先輩。

先輩、そんなのは。


ずるいです。



上がろ、と腰を上げて身をひるがえした先輩の、長いパーカーのポケットが、座っていた私の顔を打った。



「痛っ」

「あ、ごめん」



コツンと、ポケットの中の何か硬いものがおでこにあたり、思わず声を出すと、とっさに先輩がそこをなでてくれる。

思えば、偶然以外で先輩と触れあうのは、それが初めてで。

言葉が見つからずに、硬直したままじっと見あげるはめになった私を、少しの間先輩は無言で見つめて。

ふっと微笑むと、ぽんぽんと私の頭を叩いて、行こ、と声をかけてくれた。



「報道概論? ああ、あるよ、ちょっと待って」



槇田先輩の言葉を思い出して、わかりやすいという本を持っているか訊いてみたら、先輩が押入れを探りだした。

すぐに一冊の新書をとり出すと、あげる、と渡してくれる。



「いただいてしまって、いいんですか」

「もちろん。でもね、それを頭に入れたら、指定のテキストをもう一度読むのをおすすめするよ」

「やってみます。あの本、教授が独特の文章で書いてるから、読みづらいんですよね」

「とっつきにくいだけだよ。ちゃんと読めばすごく大事なこと言ってるのがわかる」



綺麗に片づいた和室で、Tシャツ姿であぐらをかいた先輩がにこっと笑う。

私は、手抜きをしようとした自分が恥ずかしいような、先輩の真面目さに打たれたような思いで、本を胸に抱えて、はいと答えた。


部屋の隅には、善さんかおかみさんが持ってきてくれたらしい布団が一組、積んである。

あれを、どこかのタイミングで敷くのかと思うと、妙に生々しくて、落ち着かない気分で部屋を見わたした。

そこで見つけたものに、あっと声が出る。



「やっぱりお持ちなんですね」

「ギター? うん、実家に置いといても、誰も弾いてやれないしさ」

「何か弾いてください」