加えてこの場所には、なんとも言えない落ち着いた空気が漂っている。

店舗であり、工房でもある土間の緊張感、一階の住居部分の古めかしい温かみ、二階のきゅっと凝縮された生活の間。

駅からは少し遠いけど、そのおかげであたりも静かだ。

ここを選んでしまうのは、わかる。



「善さん自身、煙草吸うんだよ。でも中では絶対吸わない。職人だよね」

「かっこいいですね」



お店もない、街灯もないので、雨がなかったら星が綺麗だろうなあと思いながら空を見あげた。

こんな事態になってしまったことに、またため息が出る。

自分が情けない。

私は自由になりたかったけど、はめを外しに来たわけじゃ、ないのだ。

先輩がくすっと笑ったのがわかった。



「へこんでるね」

「やっちゃったなあと思って」

「そういうきちんとした感覚、すごく大事だよ。偉いね」

「そんなことないです、少し思ってます」



何を? と不思議そうに首をかしげる。

私はひざを抱いて、正直に打ち明けた。



「ちょっとラッキーって」



一瞬ぽかんとした先輩が、楽しげな笑い声をあげた。

何かツボに入ったらしく、なかなか笑いやまない。

私、そんなに変なこと言った?


あー、と笑い疲れたような声を出しながら、先輩が目頭の涙を指で拭う。

持ってきていた小さな灰皿の上で煙草を叩くと「それって光栄なのかなー」とまだ笑いの残る声で言った。



「だって先輩とは、たいてい一瞬しかお話できないので」

「そうだけど。そんな駆け引きみたいな台詞は似合わないし、簡単に使っちゃダメだよ」

「どうせ私は、子供です」



駆け引きをしたつもりはなかったけど、言われてみれば、ちょっと出かたをうかがっているような台詞ではあった。

さすが経験値の高い人は、そういうのに鋭いなあと感服しながら、それでもすねた気持ちになる。

よく考えたら、先輩はもう20代なんだ。

はたちを超えてるんだ。

なんて大人。