「Bくんが帰っちゃうと、みんな寂しがるなあ」
「先生たちは、いつ頃まで滞在するんですか」
「授業が始まるぎりぎりまでは、いようと思ってるよ。その頃にはBくんも社会人だね、不思議な感じ」
正確に言えば、Bはもう大学を卒業しているので、すでに社会人といえば社会人なのだけれど。
「そういえば、なんですぐに就職しなかったの?」
「ちょっと、ぼんやりしたくなって。あと、学部時代に就活をしてる暇がなくて」
「そうか、基礎教養からとり直したんだもんね」
偉いねえ、とつぶらな瞳を向けられて、苦笑した。
別に偉いことはない、文系から理系への転向だったので、純粋に、ひたすら単位が足りなかったのだ。
「気をつけてね、午後、空港までみんなで見送りに行くからね」
「いいですってば、せっかくいい天気なのに」
現場に行ってください、と頼んでも、いやいや、と首を振って、訳知り顔で笑ってみせる。
「Bくんを無事飛行機に乗せなかったら、日本で待ってる彼女に会わす顔がないからね」
「あはは」
「こんなに待たせて、バカー、とか薄情者、とか罵られるかもね?」
「いっそ、そうしてもらえたらいいんですけど」
「あれっ、ほんとにいるの?」
「いないです」
疑問符を浮かべる教授に、もう一度笑った。
待っててくれているのかも、わからないけど。
俺はこれから、その子に会いに行きます。
歯車はたぶん、そうなるように。
見えないところで、ずっと回ってた。
荷物をまとめて部屋を出ると、女亭主がロビーで待っていてくれた。
紫のゆったりしたカフタン姿で、Bに両腕を広げる。
その姿は、Bにあるものを想起させた。