Bは河を見おろす崖の上にいた。
このあたりを流れる河川がすべてそうであるように、この河も、いずれは大きな湖へと流れこむ。
手に持った、銀色の合金の重みは、長いこと連れ添ったもので、もう身体の一部みたいになっていた。
なんでここまで持ってきちゃったんだろう、とそもそもの疑問が浮かび、だけど置いてくるなんて考えもしなかったことを思い出す。
決心が固まるより一瞬早く、それを投げ捨てた。
固まるのを待っていたら、永遠に手放せなくなる気がしたからだ。
朝日にきらめきながら、音もなく水面に吸いこまれるのを見て。
あれって湖まで流されていくものなのかな、と純粋に知りたくなった。
きっとどこかで、水底に落ち着いて。
堆積物に包まれて、長い長い眠りにつくだろう。
もしかして何億年もしたら、地形が変わって、湖底は陸地になっているかもしれない。
そこで誰かが、地層に埋もれたあのナイフを、掘り出すかもしれない。
いくらステンレスといえど、さすがにその頃には腐食してるかな、とくだらない考えをひとしきり巡らせた。
Bくん、と背後から声をかけられた。
肥え気味の身体をふうふう言わせながら、教授が岩山をのぼってくる。
「探しちゃったよ」
「お世話になりました、研究生でもないのに」
「Bくん熱心だからね、こっちも楽しいんだよね」
持っていたヒップフラスコを差し出すと、あーと嬉しげな声をあげて受けとり、ひげを濡らしてウイスキーをあおる。
他大学の、しかも商学部からの編入という、いわば闖入者であるBに、惜しみなく知識を与え、可愛がってくれた教授。
あの学術系の出版社でのバイトを介して知り合い、Bに編入を薦めた当人でもあり。
院に行かずに就職を選んだBを、応援しつつも、とても残念がってくれた。