あの畳の部屋があれば。

あの畳の部屋と、それから――



突如、サイドテーブルの上の携帯が震えた。

木の天板を盛大に震わせながら着信を知らせる携帯を、急いで開いて、東京からであることに驚く。



「はい」

『ご無沙汰しております、今お話しても大丈夫ですか?』

「あ、えーと、はい、ちょっと待っていただけますか」



すっかり冷たくなったコーヒーをひと口飲んで、頭を切り替えた。

東京の、馴染みの出版社の編集者からだ。


一時期バイトをしていた関係で、今でも何かと単発の仕事をくれる出版社で。

幼い頃から、この会社が発行している図鑑を眺めて育ったBは、特につてを頼らずに採用試験を受け、無事内定をもらっている。

まさか自分が、東京で勤めることになるとはなあと考えが脇道にそれそうになり、電話に意識を戻した。



『先日ご協力いただいたムックをご覧になった方から、伴さんに連絡をとりたいとのお電話を編集部にいただきまして』

「あれ、もう出たんでしたっけ」

『見本誌をお送りしていますが、届いていませんか?』



あっそうか、と合点がいく。



「すみません俺、先月から海外なんです」

『…えっ?』



電話の相手が沈黙した。



『今もですか?』

「ですね、アメリカの、ミシガンにいます」

『というと、あの、デトロイトのある』

「それです」



編集部の彼女はまたもや少し沈黙し。



『携帯の、国際ローミングのCMみたいですね』



そう言ってBを笑わせた。