どうして考えなかった。

千歳が子供の名前を一歩とした時、決めたじゃないか。

自分だけは、この新しい命の裏にある、千歳の悲痛な叫びを忘れはしまいと。


なのにどうして思い至らなかった。

相手がいるじゃないか。

やった奴が、いるじゃないか。


――その叫びを、聞かせてやらないといけない奴が、いるじゃないか。



一歩と千歳のために使おうと決めた、人生。

この思いが、それに沿うのか矛盾するのか、どうしたところで判断なんてつきっこないのを、感じたのか。


自身も気づかないうち、Bの内部は、この瞬間。

めりめりと音を立てて、歪みながらふたつに割れた。


ちょうど、へばりついた二枚のカードが、はがれるみたいに。








飛び起きた。

自分の悲鳴を聞いたように思うけれど、それが現実なのか、それすら夢だったのかわからない。

心臓が早鐘を打ち、呼吸をするたび喉が鳴った。


自分を抱くように腕を回して、服を着たままだったことに気づいた。

靴も履いたままだ。

ここはどこだ。


ぼんやりと、周囲の情報が頭に入ってくる。

そうだ、ここはアメリカだ。

大丈夫だ。


大丈夫。

もう全部、終わったことだ。


窓の外は、まだ薄暗い。

こういう時間に眠ると、ろくなことがない。

わかっていながら、つい落ちてしまったらしい自分に、ため息が漏れた。


あの畳の部屋では、普通に眠れたのにな。

キルトのベッドカバーの上に身体を横たえながら、ぼんやりとそんなことを思った。


数年を過ごしたあの表具屋の二階を、恋しく思い出すことがある。

ということは、やっぱり自分は眠りたいんだと、いつもそこで再認識する。

完全にあきらめているわけでは、ないんだと。