よく考えれば、最後に一歩に触れたのなんて数年前で、それだってもう3歳だったんだから、ミルクの匂いがするわけがない。

柄にもなく思い出に浸っていたせいで、混乱した。

ばつの悪い思いでいると、女主人が真っ赤な唇でにいと笑う。



「私、そういうのがわかるのよ、未来もわかるわ、見てあげましょうか」



そう言って脇の棚から、布に包まれたカードの束をとり出した。

ぎくりとした。


Bは、占いというものが苦手だった。

だって、こうしたら幸運が訪れるとか、あれを持っていれば難を逃れられるとか、聞いたらもしかして、信じてしまうじゃないか。

信じずに、何かよくないことが起こったら、信じなかった自分が悪いような気がしてしまうじゃないか。

そんなのフェアじゃない。


けれど主人はBの動揺を無視し、一枚選んで、とかシャッフルして、とか3つの山に分けて、とか次々指示を出してきた。

訊かれるままに生年月日とフルネームを答えると、ちゃんと名前があったのね、とわざとらしく驚かれる。



「あるに決まってるじゃん、最初の宿帳にも書いたよ」

「ふたつも〝ban”が入ってるのねえ…」



含みのある言いかたをして、主人はBにはよくわからない基準で、カードを並べはじめた。

英語の“ban”とは関係ないよ、と言い募ろうとして、そんなの彼女だってわかっているだろうと思いやめる。

ただでさえ変な名前なのに、英語圏でも突っこまれるなんて、それもこれも、人の籍をほいほい移してほったらかしにした親のせいだ。

几帳面なくせに、妙なところで破天荒だった父親を思い出し、恨みごとをぶつけてみた。



「ほらやっぱり。あなたの過去は、ファミリーで占められてる」

「誰だってそうじゃない?」



見たことかと明るい声をあげた主人に、Bはつとめて冷静に言葉を返す。

主人はじろりとBを見て、ふふんと笑った。



「占いが嫌いなら、聞き流していいわよ」

「聞き流せないから、嫌いなんだ」

「安心して、偉そうにアドバイスなんてしないから。ただちょっと知りたいだけ。気になるんだもの、あなた」