「明日はお休みだそうよ」
「え?」
カゴに積んであったリンゴをかじりながら本を読んでいたら、宿の女主人がそう声をかけてきた。
もう寝るところだったらしく、控えめに言えばふくよかな身体に重そうなガウンを羽織っている。
「店の電話に連絡があったのよ。あなたはもう寝てると思ったんじゃない? べろんべろんだったわよ、もう」
「すみません」
何もしていないのに、つい小さくなる。
そうさせるだけの貫録を持つ主人はふんと笑うと、古びたカーペットを踏んでBの向かいに座り、陶器の灰皿をローテーブルに置いた。
「あの?」
「特別に、今夜はここで吸っていいわよ」
Bがたびたび玄関の外まで吸いに出ているのを見ていたんだろう、にやりと笑って、自分も懐から煙草を出す。
最初ぽかんとしたものの、Bも笑い、お礼を言って煙草をくわえた。
「みんなと一緒に遊びに行かないの?」
「あー…俺は、そういうの、あんまり得意じゃなくて」
紫と緑のまざった不思議な色の瞳でじっとこちらを見つめて、女主人は何か言った。
なんとかには見えないんだけどね、と聞こえたので、たぶん“奥手”とかそういう感じのことだろう。
部屋に戻ったら辞書を引こう、と頭に留めて、彼女がまだBと話したそうだったので、本を閉じて脇に置いた。
「子供がいるの?」
「えっ」
ミルクくさい、という匂いが本当にあることを、一歩を育てている時に実感したので、思わず袖を鼻にあてた。
亭主はおかしそうに、ころころと笑う。
「匂いがしたわけじゃないわ、勘よ」
「びっくりさせないでよ、どんな勘?」