――思えばこの時、千歳の決断になんの力も貸してやれなかったことが、その後もBの心に、しこりとなって残ったのかもしれなかった。

時はあっという間に流れ、Bが3年生になった夏、千歳は男の子を産んだ。


お腹が大きくなるにつれ、Bの漠然とした不安は増し、それを軽く笑い飛ばすように、千歳は堂々と振る舞った。

産むと決めたが最後、怖いものはなくなったみたいで、そんな千歳を見るたび、兄貴ってダメだなあとへこんだ。



“お兄、ごめんね、学校行って”

「いいから、寝てろよ」



強い意志に反して、千歳は産後の肥立ちが悪かった。

起きあがることもできない日が続き、最初の数ヶ月は、Bが昼も夜も関係なしに、つきっきりで赤ん坊と千歳の世話をした。


祖父も手を貸してはくれるが、昭和初期生まれの限界で、やる気はあれど、どうにもおぼつかない。

じいちゃんは掃除でもしててよ、とそんな祖父の気を楽にしてやり、次のミルクは何時、と常に考えているような日々だった。


一歩と名づけられたその子は、健康そのものといった感じに、ぐんぐん大きくなり、重さを増した。

母親が送りつけてきた通帳のお金を、ついに使っちゃったなあと残念に思う。

絶対に使うものかと思っていたのに。

子供が産まれるとなると、一時的にどうしても、まとまった金が必要だった。



(使ったぶん、少しずつ入れてこ…)



赤ちゃんて、もっとぎゃあぎゃあ騒ぐものかと思っていたのに、意外と静かだ。

ある日、軒簾のつくる優しい日陰で、寝かしつけながらそんなことを考えているうちに、うとうとしてしまったらしく。

ふと気づくと、腕の中の赤ん坊が、じっとBを見あげていた。


自分や千歳と同じ、真っ黒の瞳。

産まれてからこの時まで、ただぼんやり宙を見つめているだけだった視点が、あきらかにはっきりと、Bに結ばれていた。


目が合った。


その瞬間、Bの中に、どっと何かが溢れ出てきた。