――お兄に部活をさせてあげたかったの



愚かな千歳。

幼い千歳。

だんだんと家にも寄りつかなくなった兄を、そんなふうに見ていたのか。


バカにもほどがある。

心優しいにもほどがある。



「産みたいか、千歳」



いたわるように、千歳の腕をなでながら、だけど祖父の声は、教育者のそれだった。

千歳は答えられずに、ぼろぼろと涙をこぼす。



「産まないのも、ひとつの選択肢だ。俺はお前を責めない。だが代わりに、リスクはお前自身にある。肉体的にも、対外的にも」



俺だって責めないよ。

Bの叫びは、心の中でだけ響いた。



「逆に言えば、産んだらリスクは子供のものになる。育てる覚悟も環境もなく、授かったから産むというのは、俺は無責任と思う」



産まれたらその子は、80年、90年、勝手に押しつけられた人生が終わるまで、生きなきゃならない。

厳しい祖父の言葉は、いくつもあるであろう正解の中の、少なくともひとつであることに間違いはなく。

呆然と立ち尽くすBを、祖父は振り返らなかった。



「千歳、お前にはまだ、決められないだろう。だから俺が決めてやる。産みなさい。お前には家があり、俺も、万里もいる」



あとは覚悟があれば、育てられる。

であれば産むのだ、と祖父は命令した。


厳格な祖父の、残酷な命令。

そう思えたのに、不思議と千歳は、それを聞くとふっと涙を消して。


澄んだ穏やかな瞳で、決然とうなずいた。