ガラス戸を開けると、夜の冷気が、服の中の温もりまで根こそぎ奪っていく。

寒い、と端的な感想が浮かび、風に吹かれて煙草の先がジッと小さく音を立てた時、頭の中に声が響いた。



“ちょっとラッキーって”



勘弁してよ、と自分の脳みそを罵った。

今、思い出すようなこと?


あれは夏だったし、もう三年も前のことだし、そんな、ちょっとしたフレーズがかぶるたびに、いちいちよみがえってくる気?


気分を変えるために煙草をとり出す。

かじかむ手で火をつけ、最初のひと吸いを存分に肺で味わう。

ふっと身体が軽くなり、末端の感覚が鈍くなる、馴染みの瞬間がBを癒した。


が、やめておけばよかったとすぐに後悔した。

おいしいですか? と興味津々に尋ねてくる、大きな瞳がまとわりついて離れなくなったからだ。


今度はそれか、と恨めしく思ったところで、頭は勝手に再生を続ける。

身近に喫煙者がいなかったらしく、Bが吸うのを、こっちが居心地悪くなるくらい熱心に見つめる子だった。


訊かれるたびに、俺はおいしいと思うよ、と答えた。

そうすると今度は、どうして吸いますか? と訊かれる。

えーっとね、といつも言葉に詰まった。


だって結局、ただの依存症で、中毒で。

好きで吸っているつもりとはいえ、やめられないだけだと言われたら何も言えない。

もう十年近くも、片時も離さず手の届くところに置いておいたオレンジ色の箱は、相棒のようなもので。

それを愛するのに、理由なんてなかった。


なんでだろね、とごまかすBに、なぜか彼女は妙な羨望の目を向けた。

きっと煙草イコール大人、という図式が、彼女の中にはあったんだろう。


確かに彼女は、まだ子供だった。

目の前に開けた未来は、期待以上のものだと信じて疑わない、真っ白できらきら輝く、あどけない少女だった。


少なくとも、出会った当初は。